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東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)48号 判決 1975年8月06日

原告 東京高等検察庁 検察官検事 片倉千弘

被告 染野利吉

右訴訟代理人弁護士 海老原信治

主文

昭和四九年一月二七日施行の茨城県岩井市議会議員選挙における被告の当選は、これを無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

原告は請求原因として次のとおり述べた。

一  被告は、昭和四九年一月二七日施行の茨城県岩井市議会議員選挙に立候補して当選し、同月二七日付でその旨同市選挙管理委員会より告示され、市議会議員として在職中のものである。

二  右選挙において、訴外青木林吉は、一月一七日被告染野利吉の届出によりその出納責任者となったものである。

三  ところで、右青木林吉は、昭和四九年一月一七日被告染野利吉方付近の選挙事務所において、前記選挙に立候補した被告染野利吉に当選を得させる目的で、陣中見舞にもらった酒を部落の選挙人に供与しあわせて応援してくれることに感謝の気持を表わしたいと考え、同日午後三時三〇分ころから午後五時ころにかけて、訴外林恒雄、同岡田長一郎、同岡田文男らに順次その情をあかして相談したところ、いずれもこれに賛同して承諾し、ここに、右青木林吉、林恒雄、岡田長一郎、岡田文男は、「陣中見舞にもらった清酒一級酒を右候補者が属する第九班七戸を除いたその余の九個班五五戸に一本づつ配って同候補者のため投票および投票とりまとめを求めることとし、その方法として同候補者の運動員をして九個班の各班長宅にその班の戸数の酒を届けさせて各班長に供与し、さらに各班長をして各戸の者に届けさせて供与する。」旨を共謀したうえ、

1  右青木林吉ら四名は、右共謀に基づいて、同候補者に当選を得させる目的をもって、

(一)  訴外染野行男、同岡田勉と順次共謀のうえ、同月一七日ころ、

(イ) 茨城県岩井市大字大馬新田一五一番地岡田松之助方において、同選挙の選挙人である同人に対し、同候補者のため投票および投票とりまとめをすることの報酬として、清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ロ) 同市大字大馬新田二九一番地の一岡田忠夫方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ハ) 同市大字大馬新田二四五番地の一関根仁方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ニ) 右同所において、同候補の選挙運動者である右関根仁に対し、同選挙の選挙人である鈴木林太郎ほか三名に前同様の趣旨で各一本宛供与されたい旨依頼し清酒一・八リットルびん詰四本(時価合計三、九六〇円相当)を交付し、

(ホ) 同市大字大馬新田二八五番地小野里徳太郎方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ヘ) 右同所において、同候補者の選挙運動者である右小野里徳太郎に対し、同選挙の選挙である小野里重治ほか三名に前同様の趣旨で各一本宛供与されたい旨依頼し、清酒一級一・八リットルびん詰四本(時価合計三、九六〇円相当)を交付し、

(ト) 同市大字大馬新田一九三番地岡田たけ方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(チ) 右同所において、同候補の選挙運動者である右岡田たけに対し、同選挙の選挙人である田村修一ほか五名に前同様の趣旨で各一本宛供与されたい旨依頼し、清酒一級一・八リットルびん詰六本(時価合計五、九四〇円相当)を交付し、

(二)  前記染野行男、同岡田勉および訴外岡田忠夫と順次共謀のうえ、同月一七日ころ、

(イ) 同市大字大馬新田二八八番地横川栄一方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ロ) 同市大字大馬新田二九一番地の二林すみ子方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(三)  前記染野行男、同岡田勉および訴外岡田松之助と順次共謀のうえ、同月二〇日ころ、

(イ) 同市大字大馬新田一五〇番地の三岡田和吉方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ロ) 同市大字大馬新田二八五番地小野里一己方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ハ) 同市大字大馬新田三二番地高田嘉明方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を提供して供与の申込みをし、

(ニ) 同市大字大馬新田三一番地田部享一方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を提供して供与の申込みをし、

(ホ) 同市大字大馬新田三一番地田村富子方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ヘ) 同市大字大馬新田一九〇番地田中孝一郎方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(四)  訴外横川清、同横川久男と順次共謀のうえ、同月一七日ころ、同市大字大馬新田一四三番地後藤とよ方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(五)  前記横川清、同横川久男および訴外後藤とよと順次共謀のうえ、同月一九日ころ、

(イ) 同市大字大馬新田一四四番地後藤吉男方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ロ) 同市大字大馬新田一四六番地田川てるの方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ハ) 同市大字大馬新田一七番地の二後藤政枝方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

2  前記青木林吉ら四名は、前記共謀に基づいて、同月一八日、前記選挙事務所において、前記岡田文男が訴外青木茂にその情をあかして清酒合計二〇本を第七、第八、第一〇班の各班長宅に配るよう協力を求めたところ、同人は直ちにこれを承諾し、ここに前記青木林吉ら四名および青木茂は共謀のうえ、同候補者に当選を得させる目的をもって、

(一)  訴外後藤清、同田川芳美と順次共謀のうえ、同月一八日ころ、

(イ) 同市大字大馬新田三〇番地山崎正八方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ロ) 同市大字大馬新田五八番地永木忠三郎方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ハ) 同市大字大馬新田四五番地染野広志方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(二)  前記藤森清、同田川芳美および訴外染野広志と順次共謀のうえ、

(イ) 同月一九日ころ、同市大字大馬新田一三七番地高田百八方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ロ) 同日ころ、同市大字大馬新田一四一番地の三菊地要方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ハ) 同日ころ、同市大字大馬新田二〇番地染野らく方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ニ) 同月二〇日ころ、同市大字大馬新田一六番地田村芳江方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ホ) 同日ころ、同市大字大馬新田四〇番地染野作治郎方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(三)  前記藤森清、同田川芳美および訴外永木忠三郎と順次共謀のうえ、同月二〇日ころ、

(イ) 同市大字大馬新田五七番地田村市松方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ロ) 同市大字大馬新田八番地藤森喜助方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ハ) 同市大字大馬新田二八番地田村正子方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ニ) 同市大字大馬新田五〇番地染野清一方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ホ) 同市大字大馬新田四九番地青木せき方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ヘ) 同市大字大馬新田四番地の三田川幸次郎方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(四)  前記藤森清、同田川芳美および訴外山崎正八と順次共謀のうえ、同月一九日ころ、

(イ) 同市大字大馬新田二七番地染野しげ子方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ロ) 同市大字大馬新田二六番地山崎きよ子方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ハ) 同市大字大馬新田二番地の一山崎とし子方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ニ) 同市大字大馬新田二三番地の一吉田早智夫方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ホ) 同市大字大馬新田二一番地斎藤あき子方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

(ヘ) 同市大字大馬新田五番地斎藤ゲン方において、同選挙の選挙人である同人に対し、前同様の趣旨で清酒一級一・八リットルびん詰一本(時価九九〇円相当)を供与し、

もって、公職選挙法二二一条第三項第三号、第一項第一号、第一項第五号第一号、刑法第六〇条違反の罪を犯し、昭和四九年七月二三日水戸地方裁判所下妻支部において「懲役五月、三年間その刑の執行を猶予する。」の判決言渡しを受け、同判決に対して、同年八月六日右青木林吉の控訴申立があったのに対し、同年一二月二六日東京高等裁判所第七刑事部において「控訴棄却」の判決があり、さらに、同月二七日同人より上告申立があったのに対し、昭和五〇年四月一〇日最高裁判所第一小法廷において「上告棄却」の決定がなされ、同決定は同月一六日に確定するに至った。

四  よって原告は、公職選挙法第二五一条の二第一項第二号により、被告染野利吉の前記当選を無効と認めるので、同法第二一一条第一項に基づき請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴を提起するものである。

被告は請求原因第一項ないし第三項の事実は認めるが、当選の無効は争う、と述べた外、次のとおり述べた。

一  公職選挙法第二五一条の二、第二一一条は憲法第九三条、第一五条、第三一条に違反し無効である。

出納責任者が選挙犯罪を犯したことを理由として地方議会の議員の当選を失わしめる前記公職選挙法の規定は、多数の選挙人の意思による選挙の結果を無視し去る規定であって憲法違反といわざるを得ない。殊に人口の少い地方における地方自治体の議員選挙における出納責任者は、単に法律上出納責任者の届出が規定されていることにより形式的に届出する場合が多く、その担当する事務も少額の金銭を対象としたもので、その運動中に占める地位は他の一般住民と何ら異るところはない。本件選挙における出納責任者青木林吉の場合も正に右のような形式的出納責任者である。そして、右青木林吉の本件選挙犯罪による汚れた票を控除しても、被告は当選していたことは明らかである。

二  公職選挙法第二五一条の二第一項第二号は、他人の犯罪によって当選人が事実上刑罰に等しい不利益を受けることを規定したものであるから、憲法第一二条、第一三条、第三一条に違反し無効である。

三  青木林吉は出納責任者として選任、届出をされた者であるけれども、前記のとおり単に形式的に選任されたものにすぎないところ、連座制を適用する場合には、出納責任者は実質的なそれでなければならず、出納責任者として有罪判決があったからといって直ちに連座制を適用するのは誤りといわなければならない。

≪証拠関係省略≫

理由

被告は、昭和四九年一月二七日施行の茨城県岩井市議会議員選挙に立候補して当選し、同月二七日付でその旨同市選挙管理委員会より公職選挙法第一〇一条第二項による告示がなされ、現に同市議会議員として在職中であること、右選挙において、訴外青木林吉は、一月一七日被告染野利吉の届出によりその出納責任者となったものであること、及び右青木林吉が、請求原因第三項のとおり、公職選挙法第二二一条の罪を犯し刑に処せられ、その判決が確定したことは、いずれも当事者間に争いがない。

公職選挙法第二五一条の二、第二一一条の規定は、最高裁判所の判決(最高裁判所昭和三六年(オ)第一〇二七号、同三七年三月一四日大法廷判決、民集一六巻三号五三〇頁及び同昭和三六年(オ)第一一〇六号、同三七年三月一四日大法廷判決、民集同号五三七頁)の判示するとおり、公職選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明且つ適正に行われることを確保せんとするものであって、所論憲法の規定に違反するものではない。そして、公職選挙法にいう出納責任者とは同法第一八〇条の手続により出納責任者として選任届出された者をいうと解すべきである(最高裁判所昭和四〇年(行ツ)第七四号、同四一年六月二三日第一小法廷判決、民集二〇巻五号一一三四頁)。

以上によれば、右青木林吉に対する有罪判決確定の日から三〇日以内に提起されたことが記録上明かな本訴請求を正当として認容し、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺一雄 裁判官 宍戸清七 大前和俊)

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